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2011年5月31日火曜日

如何なる線量に於いても危険 (ヘレン・カルディコット)を日本語に翻訳しました

(5月1日にヘレン・カルディコット氏が同氏のサイトに掲載した手記を日本語に訳したものです。 )
ー如何なる線量に於いても危険ー
ヘレン・カルディコット
(訳: 竹内マヤ)
6週間前、日本の福島第一原発の原子炉損傷のニュースを初めて耳にした時、即座にその予後を確信した。 もしも格納容器または燃料プールの一つででも爆発が起きれば、それはまさに北半球に何百万症例もの新たな癌が発生することを意味すると。
原発推進派の多くはこの事実を否定するだろう。チェルノブイリ事故の25周年にあたる先週、何人かのコメンテーターが事故による死者は僅かで、生存者の子供達に出た遺伝子異常も比較的少なかったと述べた。この論調は、石炭などの代替エネルギーに比較した原発の安全性の主張と、福島周辺に住む人々の健康の楽観的予測へと容易に飛躍するだろう。
しかし、これは危険極まる浅識かつ近視眼的な言動である。この領域の確たる知識を持つのは、他でもない私のような医師達である。チェルノブイリ事故後の死亡者数については大きな論争がある。IAEA(国際原子力機関)は癌による死亡者数を僅か4千人と予測しているが、NYAS(ニューヨーク科学アカデミー)が2009年に公開した報告書は、癌その他の疾患によって既に百万人近くが死亡したと記述している。
また、高レベル放射線が引き起こした流産はかなりの件数にのぼるが、遺伝子を損傷し臨月に至らなかった胎児の数は決して明らかにはならないだろう。更に、ベラルーシ、ウクライナ両国にはグループホームがあり、奇形を抱えた子供達て溢れかえっている。
原発事故は後を絶たない。チェルノブイリから漏れ出す放射線の影響の全容が見えるようになるまでには、今後何十年、さては何世代もかかるだろう。
広島、長崎の例からも周知の通り、癌の罹患には何年もかかる。白血病は僅か5年から10年で顕在化するが、固形癌の場合15年から60年の年月を経る。しかも、放射線誘発の突然変異は殆どが劣性型である。何世代もかけて初めて二つの劣性遺伝子が結合し、私の専門領域でもある嚢胞性線維症などの特定疾患を持つ子供が生まれる。チェルノブイリと福島から放出された放射線同位体が、遠い将来一体何症例の癌その他の疾患を引起すかは想像さえ不可能なのだ。
医師達はこうした危険を理解している。我々は白血病で死に向かう子供達の命を救おうと必死で戦い、乳癌の転移で死に向かう女性達の命を救おうと必死で戦う。それでも尚、不治の病に於いて唯一の手段は予防というのが医学の金言なのだ。原子力産業の御用物理学者達に組織として最も対抗し得るのは、他でもない医師達ではないか。
依然として物理学者達は「許容範囲内の」放射線ということをもっともらしく語る。彼らは一貫して内部放出体(内部被爆)を無視しする。原発または核実験により放出された放射性元素が、体内に吸気または摂取され、小体積の細胞を著しい高線量に曝すのが内部被爆である。彼らはこの部分に触れず、原発、医療用X線から放射される同位体(アイソトープ)、自然環境に存在する宇宙放射線、バックグラウンド放射線など発生源が何であれ、体外にある限り比較的害の少ない放射線に議論の焦点を絞っている。
しかし、医師達は安全な線量の放射線などというものが存在せず、放射線は蓄積する性質であることを知っている。放射線による細胞の突然変異は概して有害である。また、我々は皆、嚢胞性線維症、糖尿病、フェニールケトン尿症、筋ジストロフィーなどの様々な疾患に関わる数百もの遺伝子を抱えている。現在、2,600を越える遺伝性疾患が記録されており、そのどれもが放射線による突然変異で誘発される可能性をはらみ、更にバックグラウンド放射線が人工的に増える中、その多くが増加の一途を辿るであろう。
これまで長年に渡って、少なくとも政治とニュースメディアの場に於いては、原子力産業の御用物理学者達の存在は、医師達を凌いできた。1940年代のマンハッタン・プロジェクト以来、物理学者達は議会への影響力を自由に及ぼす立場にある。彼らは太陽の中心部分の長大なエネルギーを解き放ち、その後核兵器、原子力エネルギーのどちらに於いても、その絶大な力をロビー活動に行使してきた。彼らは議会にのり込めば、議会は彼らの前にひれ伏さんばかりである。彼らの果たした技術的進歩は衆人環視の的である一方、その害は何十年の時を経て初めて明らかになる。
それに比べて医師達は議会に足を踏み入れる機会は少なく、原子力問題へのアクセスたるや更に限られている。発ガンの潜伏期や、放射線生物学の理解に於ける驚異的進歩について、我々医師は日常的に語って歩く訳ではない。しかしその結果として、放射線の長期に渡る危険性を議員や一般市民に説明する責任を十分に果たし得ていない。
我々のもとを癌患者が訪れる時、「80年代にスリーマイル島の風下に暮らしていたか」とか、「放射能で汚染された近隣の牧草を食べた牛の乳が成分のハーシーチョコレートを食べたか」などという質問を、患者に向けることは礼を失すると我々は考えてしまう。また、医師は災害の事後処理にあたる性質を帯びており、始めから災害を未然に防ぐ為に戦ってはいない。しかし、医師も原子力業界と正面きって戦う必要がある。
原子力はクリーンでも持続可能でもなく、化石燃料の代替物にもなり得ない。実際、逆に地球温暖化に著しく拍車をかけるものである。その一方でソーラー、風力、地熱エネルギーは、省エネと組み合わせることで、充分に我々のエネルギー需要を賄えるのである。
人類は放射能が癌を引き起こすと最初は考えもしなかった。マリー・キューリーとその娘も、彼らの扱った放射性物質に命を奪われようとは思ってもみなかったのだ。しかし、マンハッタン・プロジェクトに関った初期の原子物理学者達が、放射性元素の毒性を認識するのに長い時間は要さなかった。彼らの中には私が懇意にしている人も多い。彼らは広島、長崎に関わる自らの罪悪感が、核エネルギーの平和利用で赦免されることを願った。しかし、実際はさらに罪悪感が深まる結果にしかなっていない。
物理学者達はその知識を以ってして核の時代の幕を切って落とした。医師達はその知識、信任、正当性を以ってその幕引きをしなければならない。
(急ぎ訳しましたので翻訳の不備な点などについてはお許し下さい。ご意見、ご指摘ありましたらお知らせ下さい。竹内マヤ http://ameblo.jp/mayamoji/)
[ヘレン・カルディコット: オーストラリアの小児科医で反核活動家。Physicians for Social Responsibility (社会的責任を果たすための医師団)の共同創設者。その国際母体であるInternational Physicians for the Prevension of Nuclear War (核戦争防止国際医師の会)は1985年にノーベル平和賞を受賞。1982年に最優秀ドキュメンタリー映画としてアカデミー賞を受賞した「If You Love This Planet」他数本の映画の題材としても、その活動が取上げられている。]
元の記事は2011年4月30日にnewyorktimes.comに、次いで2011年5月1日にThe New York Times紙にこの記事は掲載されています。
英語の原文はこちら
http://www.helencaldicott.com/2011/05/unsafe-at-any-dose/#more-285
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